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オヤジレーサー全力疾走!!

リターンレーサーがレースに子育てに大奮闘中


僕が松下ヨシナリと言う人を知ったのは
2010年の年明け、親しい友人達と組んで出場したレン耐だったと思う。
そこで場内MCをされていて、エラく盛り上げるのが
上手な人だなあという印象だったか・・・。
 
次にコンタクトがあったのは半年後、
もて耐の練習の時だったか・・・。
お知り合いがいたのか自分達と同じピットにいらっしゃっていたところに
「松下さんですよね?」と名刺をお渡しした。
「ごめんなさい、今名刺持ち合わせてなくて・・」
この後幾度と拝む事になる、誰もが知るあの笑顔で答えてくれた。
「いいですよ、こちらこそいきなりで。松下さんなら顔パスですからね~(笑)」
こんなやり取りをしたが、そのあとで律儀に名刺を持ってきていただいた。
この頃には彼=松下ヨシナリという人物がどんなレースに、
どういう手段で挑戦している人なのかを、何かの二輪情報誌
 (新聞のような感じだったと思う。一面にデカデカと載っていた)
で知っていたので、こういうところが多くのスポンサーさんに支えられている
要因のひとつなのか・・?と
「このひとはちょっと凄い人かもしれない・・・」と
自分も二輪業界で認められるにはちゃんとしなきゃなと尊敬すると同時に
学習、吸収すべき事がたくさんある方だと直感していた。
 
その後は筑波TTのMCをされている時などにすれ違いざまに挨拶したりする程度だったが、
このブログを書かせてもらっているMOTOCOMさんが彼の2011年マン島TTチャレンジを
スポンサードしたことをきっかけにその年末にMOTOCOMさんが主催する走行会の進行を、
幸運な事に松下さんと一緒にやらせていただくことになり、
わずかながら交流させていただいてきた。
 
その走行会の事前のミーティングであらためてお会いした松下さんは
「オヤジレーサーブログ、見てますよ!」と
相変わらずの笑顔で握手を求めてきてくれた。
ミーティングは当然ながら参加者さんの安全や快適さを第一とした内容で進み、
経費上からなのか一部からの反対もあったが、
彼や主催者さんの意見で、寒い時期の走行会なので、
合間に暖かいコーヒーをふるまうことになった。
その場も本番当日ももちろん僕はでしゃばるつもりは無く、
彼のやり方でやってもらっていろんなことを勉強させてもらおうと思った。
 
走行会当日も感心する事しきりで、
彼は決して自分とテクニックや見解が違う人を人を見下したり、
あざ笑ったり、自分の方が凄いんだと見せようとしない。
走行の合間に参加者さんとのディスカッションがあるのだが、
そこでも決して相手を否定しないし、自身の意見を述べた後には
僕にも意見を求めていただいたりして
「う~ん、さすがですね~!」とこちらのことも立ててくれる。
これは「速いが偉い」のロードレース界ではなかなか無いことで、
ライダー同士、レースで戦うとき以外は
お互いを尊敬しあって業界を盛り上げるために共闘すべしと教えられた。
 
一方、身だしなみは非常にセンスが良いし、
走行の合間の振る舞いもカッコ良かった。
むしろこちらの方がさすがに本業ではないかといって良いほどで、
こういうのは僕らのようなハングリー精神を第一として
小汚いカッコをしてきた、いわゆる
「昭和のライダー」には少数派なので、中年ライダーこそ
身なりのセンスはキチンとすべし!とこれまた教えられたし
すぐ真似できるものではないけれど、正直言うと憧れた。
 
走行会はおかげさまで大成功し、
僕らの担当したセッションは転倒者がゼロ。
 
終了後もディスカッションは続き、
主催者さんが「もうそろそろ・・」と止めに入るほどだったが
心底話すのが好きなのか、この業界が好きなのか・・・。
彼の2輪界でのキャラクターは無理に作られたものではなく、
自然にありのままなのだと感じ、同時に親しみも感じるようになった。
全日本や世界に挑戦するライダー達にも当然慕われるわけだ。
松下ヨシナリは「本物」だったんだ。
 
そんな彼が最後に締めた一言は・・・
「カッコよく帰って、4輪の人から見ても、バイクっていいなと思われてください」だった。
これは言葉は違えど、僕が走行会の最後にお話させてもらう時には
同じ内容のことをお伝えするようにしている。
これからも勝手に受け継がせていただこうと思っている。

翌、2012年筑波選手権第3戦には実況も担当されていて、
僕が4位に追い上げ入賞したレースでは、
走っている僕本人はさすがに聞こえなかったものの、
クルーの方々によると僕の名前を連呼していただいていたそうで、
その後8耐前にもてぎでお会いした時にそのことについて
「いやいやありがとうございました!」とお礼を言うと
「お知り合い特権だからさ!」とあの笑顔で返してくれ、直後に控えている鈴鹿8耐について
「しかし鈴鹿って難しいよね?意外かもしれないけど今年まで走った事無かったからさあ・・・」
「ホント、意外ですね(笑)」と僕。相変わらず飾らないところに関心・・・
こんな会話を交わした後に、また一緒に仕事がしたいと思っていたので
10月に会社で開催する走行会にゲスト参加をお願いしようかと思い、
その場で打診をすると、「ちょっと待ってね!」と車の中から
手帳をゴソゴソと取り出してきてくれてその場で確認してくれる。
先に予定が入っていて再び一緒に仕事をすることはかなわなかったが
嫌な顔一つせずに対応してくれた事で、
気持ちよくまたの機会にお声がけさせてもらおうと感じた。
  
この年の筑波最終戦、
僕はST600で予選開始早々、トップに立った後攻めすぎて転倒してしまう。
幸い人間は無傷、マシンも軽傷で済んだが、
この時は選手としてTCフォーミュラークラスに参加していた松下さんは
「大丈夫??実況で転倒っていってたからさ~」と
心配してテントに立ち寄ってくれた。
「わざわざスイマセン・・・、大丈夫です」
「よし、じゃあ決勝頑張ろう!」
結果、僕は6位、松下さんは9位でそれぞれのレースを完走。
サーキットでもほぼ笑顔でいるときが大半で、
走り出せば、レースユースを前提とされていないバイクであるZRX1200で、
スーパースポーツのDAYTONA675を駆る僕とあまり変わらないタイムで走る姿には
レーシングライダーとしても素直に尊敬し、僕の中で彼の存在は
増々大きな物となっていった。
 
今年3月には映画CLOSER TO THE EDGEの初日、関係者様に
招待していただき会場に到着すると、そこにはいつもの笑顔が待っていた。
「おお!森さん!1人?」といつものガッチリとした握手。
服装も相変わらずカッコ良く決めている。
直前にRIDING SPORTS3月号のマカオGPの記事を読んで感銘を受けたので
「カッコよかった!」と素直にその旨を伝えた。
伊丹さんと多聞さんを交えたトークショーは終始和やかに進んだが、
最後のほうの締めで松下さんが
「映画の中で、TTライダーたちのコメントで、死して本望という内容のものがあるが、それは違うと思う」
と、ここだけシリアスに、そして強く語っていたのが
やけに重く、印象に残った。
そして本編を見てさらに、彼だけではなくTTに挑戦したライダー全てが
ライダーとして心から尊敬に値するのだと知らしめられた。
 
翌4月、会社主催の走行会を筑波1000で開催したが、
その前にDUNLOPさんのガレージに寄るために2000のパドックを通過中に
思いがけず5月のテイストに向けたテスト中の松下さんに出くわす。
車を止めて窓を開けて、
「テイストの練習ですか~?頑張ってくださ~い!」と声をかけると
「うんうん!」とまた笑顔・・・。
ほんと、車から降りて激励の握手をしておけば良かったと心から後悔する。
2013年4月19日
これが僕がお会いした松下ヨシナリさんの最後の姿だ。
そして、5月のテイストオブ筑波では自己ベスト59.5を記録、
仲の良い有名TTライダーには
「マツはそろそろ成績がついてくる頃だろう」と言わしめ、
まさに絶好調でマン島入りしていた今年、まさかこんなことになるとは。
 
僕は松下さんに
リスクを受け入れながらも好きな事にチャレンジし続ける意味と
そのカッコ良さ、その説得力、影響力をあらためて教えてもらった。
だからこそ沢山の人が後押ししてくれると言う事も。

「業界を盛り上げていかなきゃね!」
 
会う度に交わしたあの言葉を
たかが僕1人で何かできるとは思わないが
何か出来るチャンスがある限り、
あきらめずにチャレンジして行こうと思う。

松下さんありがとう。
お疲れ様でした。
 

Written on 7月 2nd, 2013 , オヤジレーサー

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