当時は自分が世界グランプリに行ける事を
信じて疑ってなかった・・かな?
だから住み慣れた土地に置いてきた物も多かった。
両親や親友たち、恩師や愛すべき人たち・・・
何とか決めた職場はガソリンスタンドで、
ちょっと田舎だったから色んなお客さんが来たなあ・・・
ある日「アルバイトの子の態度が悪い!」と
責任者だった僕が呼び出されて行ってみると・・・
七部袖の目つきの鋭い人がこちらを睨んでいる。
話を聞きこちらに非があって、素直に謝罪した結果、
その後もちょくちょく寄ってくれるそのお客さんは
外車や四輪駆動車やバイクで来店してくれ、
話もするようになった。
聞くと、銀座のクラブに女性の送迎やなんかをしているそうで、
元々はお客さんだった・・と。
七部袖の奥にはチラチラと見え隠れするタトゥー・・
ちょっとおっかない 北大路 欣也 似のその人(Mさん)は、
その後も事あるごとに僕を指名して寄ってくれて
とりたてのハマグリなんかを差し入れてくれたりした。
そのうち自宅にも呼んでくれるようになり、
一杯やりながら、きれいな奥様が作る夕食をご馳走になったり
するようにもなったが、そこで出てきたのがニンジンスティック。
う~ん、なんと言うか大人の晩酌フルコースとでも言うのか、
最初はこれや葉生姜なんかの軽い前菜を用意していただいて、
メインディッシュが来て最後は汁物でしめる・・・。
若い僕には初体験の大人の飲み方だけど、
もてなしてもらっているのはわかるので
ただただ恐縮するばかりだったが、夢を追いかけて一人ぼっちで
知らない土地に来たから、そこでこうやって知り合った人に
良くしてもらったりすると、とても嬉しかった。
多分Mさんもよその土地から来た人だったから
大事な友達として迎えてくれていたんだと思う。
ちょっと間が開いて、「最近Mさんこないなあ・・」と思った頃、
給油に来た真新しい大型トレーラーから颯爽と降り立ったMさんは
「子供生まれるからさあ、ちゃんとした仕事に就こうと思って」
と、教習所に通って免許を所得して、運送会社に転職されたとの事。
その後も付き合いはしばらく続いて、
生まれたお子さんを顔をしわくちゃにして大事そうに抱っこしている姿は
顔が怖いだけになぜか笑えた・・。
あれからもうすぐ20年か・・。
何度か連絡は取ったけど
かなりご無沙汰になってしまっているなあ。
僕は今も自宅でたまにニンジンスティックから
飲み始めることがあるけど、
その時は必ずMさんのことを思い出す。
あの時熱く語った夢は叶えられなかったけど
僕も父親になって、やっぱり顔をくしゃくしゃにして
息子を抱きしめている。
Mさんはどうしているのかなあ・・
家の場所はなんとなく覚えているので
今度こっそり探しに行ってみようか・・・。